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将来の夢、アナウンサーの仕事に迫る!

憧れの人に取材しました

「あてのないドライブが大好きです。海なら松島、山なら鳴子がいいですね。」
NHKアナウンサー 打越 裕樹さん

 ぼくが学校から帰ってきて、台所に行くと、いつもラジオが流れている。いつからかラジオを聴くのが好きになった。ぼくの将来の夢はアナウンサー。あこがれの仕事についてNHK仙台放送局で取材した。

 インタビューに答えてくれた打越裕樹さんは現役のアナウンサーだ。アナウンサーになろうと思ったのは、子どものころ、お父さんの仕事の関係で転校が多く、寂しいと感じるときにラジオを聴くと、自分がどこにいても、同じ声が聞こえてきて、心が救われたからだそうだ。アナウンサーになった今、自分以外の人全員の話し方にあこがれると言う。いつも自分にないところをうらやましいと思うし、まねしてみたいと思うそうだ。
 アナウンサーになること以上に、なってからが大変だと感じる。「アナウンサーになるまでより、なってから勉強することがとても多いんですよ。例えば、人の名前の読みかたひとつをとっても、常に勉強です」と打越さん。「どうすればアナウンサーになれるんですか?」と聞いてみたら、「まずは学校で勉強の基本を学び、好きなことを頑張り続けることです」と教えてくれた。
 打越さんは茨城県で生まれた。アナウンサーになってから、青森県、長野県、そして宮城県に来た。長野にいたときに長野オリンピックがあり、有名な人たちや地域のみなさんにインタビューをして、共感できることがたくさんあった。いろいろな人に会えるからアナウンサーの仕事が大好きだそう。
 もちろん、大変なこともある。苦労するのは災害や事故の現場。長野県の御嶽山の火山噴火では、関係者が全員うつむいているなかで、取材してよいのかどうかわからず困ってしまったそうだ。
 東日本大震災が起きたとき、打越さんは青森放送局で仕事をしていて、避難の呼びかけなどをしていた。「体験したことがない揺れがあり、被害が伝わってくるたびに悲しみしかなく、言葉になりませんでした」と話す。8年たった今は、もう8年のようで、まだ8年という気持ち、復興してきたがまだ完全ではなく、どこかにまだ悲しみが残っていると感じている。東日本大震災は、これまでもこれからもひとりひとりに影響し続けると思うが、アナウンサーとして、放送でひとりでも多くの命を守りたいと思っている。
 打越さんにとってアナウンサーという仕事は、いろいろな人と共感しながら伝える仕事。「人々によりそい、心を感じながらこれからも発信していきたいです」と笑顔で語った。

【取材・文】
千葉 陽輝(稲井小学校5年生)