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2011年3月11日 今、あの日を振り返る⑦

あの日のことを語り続ける鈴木 洋子さん

矩形の洞 短歌が伝える震災 鈴木 洋子さん

今年で東日本大震災から15年。私は震災当時、2才で、ヘリコプターで救助されたと聞いているが、全く覚えていない。今、東日本大震災の被災地では、私のように、震災を知らない子どもたちがほとんどだ。そこで、あの震災を経験した人たちを取材し伝えたいと考えている。今回は、地震、津波、火災の3つの災害に見舞われた門脇小学校の当時の校長、鈴木 洋子さんにお話を伺った。


鈴木さんが歌を詠み始めたのは2011年の夏ごろ。震災をどのように伝えたらよいものかと悩んで悩んでたどりついた。「思った言葉が心に響くのが短歌だと思いました」と話す。2022年、歌集にまとめた。タイトルの「矩形の洞」は、校舎の黒く焼け焦げた窓と教室のことだ。

「小学校は門脇♪」 涙声 立町通りに校歌が響く

石巻でも歴史の長い門脇小学校があった門脇・南浜地区は、約1700世帯が居住するにぎやかな街だった。津波で被害を受け、震災後、児童数が激減し、2015年3月に門脇小学校は閉校。この歌は、その前年の夏、児童らが最後の鼓笛隊として校歌を披露した時の様子を歌っている。鈴木さんは、他県で講演のため、見守ることができなかった。「学校がなくなってしまうのは辛いことなのに、必死に耐えながら演奏したであろう子どもたちの姿を、見ることができなかったのは本当に残念でした。『涙声』のことを聞いて、どうしても詠んでおきたいと思いました」と鈴木さん。

津波にて 焼けし校舎に立つ我の 耳朶には児らの さんざめく声

鈴木さんにとって最も思い入れがある歌だ。震災から1か月後、門脇小学校の校庭は、重機を置くために、自衛隊によりいち早く片づけられた。「地震と津波、そして火事によって校舎は無惨な姿になってしまいましたが、校庭に立つと、私の耳には子どもたちの話し声、歌声が聞こえてくるようでした」と話してくれた。

門脇小学校は震災遺構として見学が可能だ。鈴木さんはここで語り部の活動も行っている。

石巻市震災遺構 旧門脇小学校

【取材・文】村松 玲里(石巻高校2年生)

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