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ど根性ひまわり 4世開花!!

毎日多くの人がこの場所を訪れます

震災から4度目の夏、今年も太陽に向かって元気に咲いた
 門脇町にある「がんばろう!石巻」の看板。その看板は黒澤さんが立てたものだ。津波で流れてきたベニヤ板や木の棒、柱などを拾ってきて作った。震災から2週間後に作り始めて、1か月後に完成した。今、その看板がある所には震災前、黒澤さんの会社があった。
 震災から2か月経ち、疲れきった黒澤さんは「がんばろう!石巻」の看板の横から、小さいひまわりの芽が出ていることに気づいた。そのひまわりの芽は建物の基礎を破って育っていたそうだ。自分で植えていないので、津波で流されてきた種に違いなかった。自然に「ど根性ひまわり」という名前がついた。
 そのひまわりは、今年で4代目の第4世。種が国内外に広がっている。きっかけは、ひまわりが咲いた時、Twitterで「ど根性ひまわり開花!!」と投稿をしたら、全国のみなさんから反響があったこと。
 「種がほしい!」と言う人がいたので、種を送ることにした。そして、自分も育てよう、ひまわりの命をつないで、津波のことを伝えようと決意し、毎年育てることにした。ひまわりは津波を伝える媒体としていい。なぜなら、毎年植えて、育てて、花が咲いて、種をとって、その度に津波を思い出し、語り継ぐことができるから。
 「ひまわりを育てていくと、愛しく感じて、心から大切に思うようになります。元気がないと、『おい、大丈夫か?』と声をかけて、水をあげたりしてね。ひまわりを育てるのは子どもを育てるというのに似ているかもしれません」と黒澤さんは語る。
 ひまわりの世話は黒澤さんがする。「がんばろう!石巻」の看板があるところは、危険区域のため、水も電気もない。毎日大量の水を運ばなければならない。「1週間に2Lのペットボトル1000本ぐらいです。1日に100本以上になります。復旧、復興作業が進み、震災を伝えられる場所が少なくなっているから、ど根性ひまわりも、看板もずっと残したいです」と黒澤さんは言う。
 「震災を通して、人は、人と人のつながりの中でしか前を向いて生きて行くことができないと再認識しました。だから、日頃から家族、友達を大切にしてほしいと思います」と話していた。
 最後の黒澤さんの言葉が心に残った。「答えを出すには覚悟が必要で、考えて考えて考えて考える必要があります。『やるぞ!』ではなく『やり続けるぞ』と思ってやらないと前に進むことはできないと思います」。
 今年、100個の種をまいた。来年は自分たちのど根性ひまわり5世の種をまくのが楽しみだ。種がほしい人はこちらに連絡してください。

【取材・文・写真】木村 ひな子(門脇中学校3年生)