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「ひばり」からみた景色

ひばり

熊本の消防隊員と石巻の被災者を結んだ手紙
 東日本大震災のとき、私は自宅で被災し、熊本県防災消防航空隊「ひばり」に救出された。その後、約4年にわたり、消防隊員の堀 信昭さん、西村 澄生さん、西村 義盛さんと文通している。今年3月、みなさんと石巻で再会することができた。
 2011年3月11日14時46分、東日本大震災が発生。その直後17時38分、ヘリコプター「ひばり」が熊本を出発した。
 被災地に入ったとき、あまりの悲惨な状況にみんなが言葉をなくした。早く多くの人を見つけて助けなければと思ったそうだ。東日本大震災での救助は初めて経験することが多く、とても苦労した。ヘリコプターでの救助は風が強いため、建物に人が当たらないように無線で位置を確認しながら慎重に行う。     このとき、ひばりに救助された人は79人。活動時間は日の出から日没までで、一度に活動ができるのは1時間半から2時間程度だ。給油は、仙台空港が被災していたため、山形まで行かなければならず、1日に4往復もしたという。
 4日半の救助活動ののち熊本へ戻ることになった。「できる限り残って一人でも多くの人を助けたいと思っていました。消防は、火事で出動したら、火が消えるまで仕事をします。それが、あの時は途中で帰らなければならなかったのです。とてもつらいことでした」と、堀さん。心の支えとなったのは、家族のみなさんだ。「熊本を出発する際、『気をつけてよ』と背中を押してくれました。パパ嫌いだった娘が、石巻から帰るとパパ大好きになっていました。私も、家族の大切さを改めて実感しました」。
 東日本大震災での救助体験を元に、災害への心構えについて、小学校などで講演を続けている。「仕事を通してみなさんとのつながりや絆を感じられたことがとてもうれしいです。この仕事をしていて本当によかったと感じます。いつまでも現場の気持ちを忘れずに仕事をしたいです」と、西村 澄生さんは話してくれた。
 「これからも東北のみなさんと一緒にがんばりたいです!熊本から応援しているので、もっともっと元気になれるよう、頑張ってください‼そして、熊本には海と山の幸があり、くまモンもいてよいところです。ぜひ1度来てほしいです!」と西村義盛さん。
その熊本は2016年4月16日に最大震度7を観測する地震で大きな被害を受けた。亡くなられた方へのご冥福をお祈りするとともに、1日も早い復興を遠い宮城から願っている。
がまだせ!熊本!※
※熊本弁で「がんばれ」