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記者魂 GO GO(55) 武内さん

子どものころの夢は弁護士になることだった。一番の思い出は、小学校のとき野球チームをつくって、戦って勝ったこと

石巻ニューゼ 館長 
武内 宏之さん
 武内さんは55才。昭和55年から石巻日日新聞社で働いている。社会のいろいろな人やいろいろなできごとを取り上げたいと思ったからだ。石巻日日新聞社で働いていてよかったと思っている。それは、いろいろなところに行って、いろいろなことを見て聞けることがすごく楽しいし、いろいろな人と出会えることも楽しいからだ。事件、事故、突然のできごとがあった時は、夜も仕事をしなければいけない。そういう時はとても忙しい。武内さんは「たくさんの人がかかわって、たくさんのことを解決しているのに、なぜ、事故や事件はなくならないのか」と疑問に思っている。
 東日本大震災の日、電気も水もない中で、どうやって新聞をつくろうか考えた。津波でぬれなかった紙があったので、会社にあったマジックペンで記事を書いて、避難所にはったりした。
 武内さんは、今、「石巻ニューゼ」というところで仕事をしている。石巻ニューゼは、石巻の歴史や、震災の写真を展示しているところだ。見に来た人たちに説明をするのが武内さんの仕事。震災の説明をすることが一番難しい。それは、震災で多くの人が苦しんでいるので、その気持ちを伝えるのは大変難しいことだからだそうだ。
 石巻の歴史をもっと詳しく取材したいと思っている。石巻にはすばらしい歴史がたくさんある。日本人で初めて世界一周した人(注1)たちは石巻から出発し、明治時代にアラスカの人たちを助けたのは石巻生まれの人(注2)。そのような人たちの資料を集めて、多くの人に見てもらうために石巻ニューゼに展示したい。武内さんは、石巻の文化発展にも長い間努力している。「文化は人の心だと思う。多くの人の心を元気にする為に、文化の記事を取り上げたい」という。
 好きな場所は、日和山から見た石巻の景色。牡鹿半島の方に行って、海を見るのも好きだ。休みの日は、家のかたづけや、読書をしている。映画が好きなので、時間があるとDVDを見ている。一番好きな映画は「ローマの休日」だそうだ。
 こども記者からインタビューされるのは初めてだ。「石巻日日こども新聞の記者たちは、すごく頑張っているな」と思っている。子どもから見た石巻の町や住んでいる人たちのことが分かって、すごく参考になっているそうだ。「石巻の子どもたちは、震災でつらい思いをしたと思う。でも、ぜひこの思い出を乗り越えてほしい」
注1:仙台藩石巻の船「若宮丸」の乗組員であった津太夫、佐平、儀兵衛、多十郎の4人。1793年に石巻から江戸に向けて出発した際に漂流し、はからずも11年をかけて世界を一周した。
注2:フランク安田(安田恭輔、1868―1958)アラスカで村人を率い新しい村をつくった。「ジャパニーズ・モーゼ」と呼ばれる。