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石巻を応援する3人に伺いました 佐渡裕さん 世界中で指揮をしよう!

右から酒井理子記者、佐渡裕さん、村松鈴音記者

 取材をした日は、石巻市総合体育館で音楽会があり、音楽会が終わった後、私たちにお話をしてくれた。
 佐渡裕さんは、指揮者でとても有名。指揮者になろうとした理由は2つある。まず、お母さんが歌とピアノの先生をしていて、いつも周りに音楽がある環境で育ったということ。もう一つは、小澤征爾さんに憧れ、お母さんに音楽会に連れて行ってもらい、指揮をすることは、すごいことだと思ったこと。大学ではフルートを専門に勉強したけれど、その感動を忘れられず、やはり指揮者になったそうだ。
 佐渡さんは震災が起こるずっと前に、石巻市民会館に音楽会で演奏しに来たことがある。震災後に石巻を何回か訪れたときは、以前のような沿岸部の町並みがなくなっていて悲しい気持ちになったという。体育館での演奏会を見にきてくれた方々は泣きながら「来てくれて、ありがとう」といってくれて、みんなを励まさなければという思いで胸がいっぱいになったという。
 佐渡さんの子どもの頃の話を聞くと、驚きの連続!実は、ピアノが嫌だった!!ピアノを弾くことは好きだったけれど、毎日の練習が厳しくて、友達と遊んだりする時間がなかったから。
 はじめて近くで佐渡さんを見たときの第一印象は「背が高い!!」。今の身長は186㌢だが、小学校6年生の時点で、176㌢もあったという。他にも、友達と漫才トリオをつくって修学旅行などで漫才を披露したりして、いつも先頭に立つガキ大将だった。そして、小学校の卒業文集で、ベルリンの有名なオーケストラの指揮をしたいと書いて、その夢を実現させた。
 佐渡さんの今後の目標は3つある。まず、ベルリンやウィーンの有名なオーケストラの指揮をまたしたいということ。もう一つは、アメリカのオーケストラはまだしたことがないので、やりたいということ。最後は、そのような体験や見たことを、日本の人たちに伝えることだ。
 被災地の方へのメッセージ。佐渡さんが芸術監督するスーパーキッズ・オーケストラ(SKO)は、阪神・淡路大震災の復興のシンボルとして開館した兵庫県立芸術文化センターの先行事業として2003年に結成されたので、被災地を励ます使命がある。今後も石巻でも演奏をしていきたいと話していた。

取材・文:村松 鈴音(大街道小学校6年生)