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女川大好き 女川で生まれ育った町長さん

子どものころ、夢がたくさんあった。大工さん、天文学者、パイロット、競輪選手。それから、「地域に動きを作る人」になりたくなった。

 須田善明さん|昭和47年女川町生まれ 石巻高等学校、明治大学経営学部卒、株式会社電通東北入社。平成11年県議会議員補欠選挙にて初当選(3期)。平成23年11月女川町長(現職)

 須田善明さんは、平成23年の11月に女川町の町長になった。東日本大震災があった年だ。震災直後は、生き残った人が、明日までどう命を繋ぐか、それが最優先だった。食べものがない、水がない、寝る場所もない、究極のスタートだった。物資が届くようになってから、みんなの衣食住をどうするか、少し先のことまでを考えられるようになり、徐々に、これから町はどうあるべきか、自分がいまやるべきことの意味を、さまざまな局面で考えていくなかで、復興をめぐる時間軸がものすごく変遷していった。
 「いつも、これは誰のためなのかな?と考えます。東日本大震災は、とりわけ私たちの世代に突きつけられた問題です。いかに将来に引き継げるものにしていくか、ですね。できた世界は、次の世代に引き継がれますから」。親世代の姿はちゃんと見せていかなければならないと考えている。「『被災してこれからどうしていくのか』と自問自答しながらアクションを起こす、それはなにかしらの変化があるということです。自分自身の変化かもしれないし、周りの変化かもしれない。いまある環境に満足していたら、何も変わってほしくないかもしれません。でも、変わっていかないと新しい未来は築けません。動いていかなければなりません。どこまで変化していいかという問題もありますが、チャレンジすることが必要だと思うようになりました」。
 町長の仕事は、時々、とても難しいこともあるが、それを当たり前と思っているから苦しいと思ったことはない。女川は、町づくりについて話し合うときに、年齢肩書問わず女川に住んでいるという立場で話し合う雰囲気があるという。一緒に考える、実行するときに役割というものが必要になる。 「『行政はこう考えているから、こうするね』とか、『私たちの団体はこう考えているからこうするね』とか、そういうふうにみんなと歩んでいることを誇りに思います」。女川というチームのひとりとして舵取りを担っていることがすごくありがたいと感じるそうだ。女川町のことをいつも第一に考えている町長さんがいるからこそ、町はどんどん素敵になっていくだろう。

【取材・文】木村ひな子(桜坂高校1年生)