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チームプレーで難病治療 iPS細胞から無限の可能性を

線維芽細胞から樹立したヒトiPS細胞のコロニー(集合体) (コロニーの横幅は実寸約0.5ミリ) ©️ 京都大学教授 山中伸弥
線維芽細胞から樹立したヒトiPS細胞のコロニー(集合体) (コロニーの横幅は実寸約0.5ミリ) ©️ 京都大学教授 山中伸弥

「ブラックジャックを読んで人の命を救うのはすばらしいと感動して難病を治したいと思います。売上はiPS細胞の難病治療の研究に寄付されます」。石巻日日こども新聞の記者・小俣渓志郎さんが「キーホルダーロータリープロジェクト」を立ち上げたのは2017年、小学校4年生の時。大好きなマツダのロータリーエンジンの絵をキーホルダーにして寄付を募り始めたところ、2019年にはマツダ社から広島本社への取材に招待されるなど大きな反響がありました。集まった10万円を届けるため本当は京都まで行きたかったのですが、2020年から新型コロナウイルスの流行が始まったため、今回、中学3年生になった小俣さんと、同学年の記者・阿部匠之介さんが、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構研究部門・講師の高山和雄さんにオンラインで取材しました。

「iPS細胞」は、「induced pluripotent stem cell」の略で、日本語に訳すと、「人工多能性幹細胞」という科学的な専門用語だ。2006年、京都大学の山中伸弥先生のグループが作成に成功したことを発表し、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
iPS細胞の特徴は主に二つある。無限に増えること、どんな細胞にもなれることだ。無限に増えるから、肝臓の細胞が1兆個必要な場合があったとしても、供給できる可能性がある。iPS細胞のiが小文字なのは、当時流行していたApple社のiPodのように、一般になじむよう小文字にした、という説が有力だ。
高山さんは、大学で薬学部に進学した。薬を作るときには、効くかどうかを実際に人の体を使って確かめなければならないが、毎回人の体で実験するのは難しい。「iPS細胞で人の体の細胞をつくれたら、シャーレの上で実験し判定できます。開発工程を効率よくし、スピードアップできる魅力的な創薬ツールだと思いました」と話す。学部4年生だった2009年からiPS細胞の研究をしている。
iPS細胞は、誰からでも樹立できる。遺伝子疾患など難病患者の体で起こっていることをシャーレの上でつくりだすことが可能だ。遺伝子に傷があるなど遺伝的な病気にかかっている人の薬を作るときに役立つはず、と高山さんはいう。
人の体で確認することを「臨床試験」というが、参加できる人は限られている。1万人規模で臨床試験をするのは難しいが、iPS細胞を使うことによって、人の体で起こることをあらかじめ予測できる細胞をつくっておけば、試験の前に有効な薬を絞り込むことができる。新型コロナウイルスの薬をみつける研究をする場合、iPS細胞を使って肺のモデルなどをシャーレ上で作っておく。高山さんの研究室では、実際に行っている。早く薬をつくるために大切なことだ。
「今、難病と言われる代表的な病気には、『がん』があります。特効薬と言われるものが次々にでているもの、完治できるには至っていません」。10年、20年先を予想するのは難しいが、おそらくがんや認知症の完治は難しい場合があるだろうと考えている。一方で、細菌やウイルス、微生物などが体の外から入ってきて、感染して病気になる感染症には薬で完治できるようになったものが多い。新型コロナウイルスも感染症だから、薬が進歩すれば10年後には無くなっている可能性が高い、と高山さんは言う。

高山和雄さんの研究風景。シャーレの上にはどんな世界が広がっているのだろうか ©︎京都大学iPS細胞研究所
高山和雄さんの研究風景。シャーレの上にはどんな世界が広がっているのだろうか ©︎京都大学iPS細胞研究所

「例えば、C型肝炎とは、肝臓でウイルスが増えて炎症を起こす病気です。その薬が昨年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。エイズなどのウイルスの病気は、薬の技術の進歩で完全に根治できる疾患だといえます」
今、新型コロナウイルス対策としてワクチンが使用されている。感染症にかからないようにするために有効だ。「ワクチンは、簡単に言うと、ウイルスの一部分だけを体内に入れる操作のことです。たとえば、コロナウイルスは4つのタンパク質からできていますから、そのなかの一つだけを体内に入れることがワクチンの役目です。危ない病原体でも1個のパーツなら病原性を示さないので、その一つの病原体を体内に入れると、体が防御反応を示して抗体ができ、体から病原体を排除できるようになります」。この一連の流れをつくることがワクチンの開発なのだそう。
新型コロナウイルスでは特効薬が待ち望まれているが、特効薬は病気ごとに作り方が違うそうだ。たとえば、ウイルス性の薬なら、ウイルスの一部分にくっついてウイルスを体の中から出す働きがあるもののこと。風邪薬などにはアセトアミノフェン成分が入っていて、熱の原因となっているタンパク質を攻撃して炎症を起こさないように開発されている。特効薬を作るためには、「なぜその病気が起こるのかを解明して、原因を特定し、それに対する薬を選んでいくのが進め方です」
ワクチンの開発には少なくとも10年はかかるそうだ。しかも、必要な費用は数千億円を超える。「新型コロナウイルスが流行してパンデミック宣言が出たのが2020年3月、その半年後には最初のワクチンが出てきましたが、半年でワクチンができたわけではありません。すでに他の疾患のためのワクチン開発が進んでいて、それをコロナに少しだけ最適化したら使えそうだということになったんです」と高山さんが教えてくれた。元になるワクチンを作り始めたのは2005年ごろのことだそう。長い間の研究が役に立ったのだ。
薬の開発には時間とお金がかかり、関わる人も数千人の規模になる。一人で作りたいと思っても簡単につくれるものではない。「難病を治したい、薬の開発をしたいと思ったら、たくさんの専門知識が必要ですが、どこの部分に関わるかでいろんな貢献の仕方があります」と高山さんは言う。創薬は壮大なチームプレーだ。
高山さんは人間が生きている限り病気はなくならないと思っている。「オプジーボという薬があります。肺がんの特効薬としてノーベル賞をとっているすごい薬ですが、それでも、一部の人を治療して余命を伸ばすことができる効果です。特効薬と言っても病気に勝てるとは限りません」。人間にできることは、発症をおくらせたり、痛みを緩和したりする技術を開発すること。病気とは向き合っていくしかない。
「多くの動物が病気で死んでいきますが、病気にならない動物もいるんですよ」と教えてくれた。「ハダカデバネズミ」という動物は、病気にかからず、老化して、30年ぐらい生きる。「そういった動物の研究が進んでいくと人間もそれに近い状態になれるのかもしれないですね。希望があります」
小中高と勉強はそっちのけで野球ばかりやっていた。どうして勉強しなければいけないのかと思っていたそうだ。「なにが面白いかは人それぞれです。いろいろな人に出会い、経験を積むことです。経験値があれば、熱中するものが突然見つかったときに一気に進んでいけると思います」
山中伸弥先生とは新型コロナ創薬の研究に一緒に取り組んでいる。「山中先生は菩薩のような人です。ひたすら研究に打ち込んでいます。すごい人だと思います」と話してくれた。

iPS細胞研究所 研究棟外観 ©︎京都大学iPS細胞研究所

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寄付で最先端の研究に参加することができます。
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/fund/index.html

京都大学iPS細胞研究所から 感謝状が届きます
京都大学iPS細胞研究所から 感謝状が届きます

小俣記者の過去の記事はこちらからご覧いただけます。
https://kodomokisha.net/backnumber/article/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%81%A8%E5%85%B1%E3%81%AB-%E9%A7%86%E3%81%91%E6%8A%9C%E3%81%91%E3%81%9F%E9%81%93

取材・文
阿部 匠之介(渡波中学校3年生)
小俣 渓志郎(矢本第二中学校3年生)

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