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ハポン・ハセクラ使節団出航

400年の時を経て支倉常長がまいた種芽生えの時を迎える

 支倉常長(1571―1622)が帰国してから約400年後の2019年3月28日、20人の中学生がハポン・ハセクラ使節団として、スペインのコリア・デル・リオ市に向かって出発した。4月3日、同市にて開催される「第一回ハセクラ・カップ」に参加するためだ。これは、スペインと日本の文化交流を行っているハポン・ハセクラ後援会(仙台市、白田正樹代表)が主催したもので、支倉常長の偉業をたどりながら、サッカーを通して、日本とスペインの友好を深めることを目的に始まったものだ。
 ハポン・ハセクラ後援会会長の白田正樹さんは、26歳の時に、仕事で初めて海外に行って衝撃を受けた。もっと早く行って、視野を広げればよかったと後悔したそうだ。「子ども時代は何ごとも吸収が早いものです。ぜひ、子どものうちに多くを見聞し経験してほしいと思い企画しました」と話す。白田さんは、仙台市生まれで伊達政宗の大ファン。政宗に忠実に従う支倉常長に長年関心をもっており、昨年「ハポン・ハセクラ後援会」を立ち上げた。
 出発に先立ち3月23日、女川町で開催された出陣式で、参加者の佐々木祐貴さん(大崎市立三本木中学校3年生)は「サッカーは自分をつくっているもの。人生をサッカーに捧げる気持ちで取り組んでいます。スペインでは異国の文化に触れてみたいし、多くの方からの支援を受けているので、しっかりと学んできたいと思います」と意気込みを語った。
 出陣式に駆けつけた女川町長の須田善明さんは、「点を取ってほしいし、経験として実になるものを持ち帰ってほしいです。そして、東日本大震災では、スペインのみなさんからも多くの支援をうけたことに感謝の気持ちを伝えてほしいです」と話した。
 支倉常長は、伊達政宗(1567―1636)に仕え、情報の収集や伝達活動にあたる使番と呼ばれる役目を担っていた。1613年、政宗の命を受けて、使節団を率い、サン・ファン・バウティスタ号で月浦(現在の石巻市)からヨーロッパを目指して出発した。その2年前の1611年、慶長三陸地震が仙台藩を襲い被害がでていた上に、そのころ日本ではキリスト教が禁止され始めていた。そんな難しい状況での旅立ちだった。
 長い船旅を終えて、スペインのコリア・デル・リオに到着したのが1614年。スペイン国王との通商交渉は難航し、滞在期間が長くなった。
 一行が帰国したのは1620年。スペインとの交渉は失敗したものの、常長はローマの貴族となり、マドリードで洗礼を受けキリスト教徒になっていた。
 常長は帰国の翌年、病気で亡くなった。しかし、その後ひっそりと84歳まで生きていたという説もある。常長のものとされる墓は宮城県内に複数あり(仙台市、川崎町、大郷町など)、どれが本当の墓なのか、また、わざと3つに分けているのか、詳しいことは分かっていない。常長とともに使節団を率いた宣教師ルイス・ソテロは日本に戻ってきた2年後、キリシタン弾圧の中、九州に密入国したところを捕えられ、火あぶりの刑で処刑された。彼の記念碑が仙台の支倉常長の墓の横にある。
 支倉常長家第14代の支倉正隆さんは、現在、兵庫県に住んでいる。「常長について学校の授業で勉強したときは、なんとなく照れくさかったです。友達はあまり信じてくれませんでした」と笑う。支倉家の家宝と正隆さんが言う支倉常長像油彩画は、現在、仙台市博物館にある。よく見ると縦に太い線が入っている。学芸員の黒田風花さんの話によると、この油彩画は、没収後に長い間、内側に折られて保存されていたと考えられているのだそうだ。仙台市博物館には、他にも支倉常長が持ち帰った珍しい品々が保存展示されている。

支倉常長の足跡をたどる
 デスカルラスレアレス修道院は支倉常長がキリスト教の洗礼を受けた歴史的な場所。交渉を成立させるためにキリスト教徒になるとは。とても苦労していたと思う。
柴田 颯翔(登米市立米山中学校2年生)

異国の食文化
 前菜からデザートまでのコース料理。メインディッシュはイベリコ豚。テーブルマナーを教えていただき挑戦したが、左手でフォークを反対にして食べることに苦戦。覚えて日本に帰りたい。明日はホームステイが始まる。
藤原 凌雅(石巻中学校2年生)

ホームステイ
 セビリアで昼食。トマトぎらいの千葉総一郎くん、このレストランでは食べることができたそう。車で約40分。ついにコリア・デル・リオ市へ。市内に住むハポンさんのお宅にホームステイさせていただく。ぼくたちにとってかけがえのない経験だ。     佐藤 稜馬(稲井中学校2年生)

 現地のガイドさんに連れられて、コリア・デル・リオの街を散歩。坂の上から見た街の風景はとてもきれい。教会にはマリア像があり、ガイドさんが言うには、これは400年前のものだそう。支倉常長が訪れたとされる場所に像が建てられていた。常長が数百年前にここを訪れたと考えるととてもすごいことだ。
津田 好誠(山下中学校2年生)

現地中学校との交流
 市内のKAURA中学校で体育の授業に参加した。みんなサッカーが上手でとても楽しそう。バレーではぼくたちが無茶振りをしても受け止めてくれた。スペインのみなさんと交流することが1番うまくできた場だと思う。学校のおかげで会話ができるようになった。 
佐藤 聖(住吉中学校3年生)

コリアFCとの練習試合
 スペインに来て初めての試合。相手はコリアFC。2―0で勝ち。結果はよかったけれど課題が見えた試合だった。明日は少しでも改善できればいいと思う。コリアFCの選手はみんなフレンドリーでとても優しい。明日の抱負は、チームでは優勝して、自分はできるだけ失点をしないこと、試合後に必ず行われるPK戦でとめること。
千葉 総一郎(渡波中学校3年生)

セビリア観光
 午前に市内観光。アメリカ広場ではさまざまな様式の建物があり、見たことのない植物や鳥が。スペイン広場の美しいタイルは全て手描きで作られているのに驚き、建物も色のレンガでグラデーションされていて美しかった。アルカサール王宮は、見えないところにも細かい彫刻が施されていたり、歴史を感じさせる傷があったりして、言葉では表せないほどすごかった。サンタ・マリア大聖堂は天井が高く、彫刻や金色の像がとてもきれい。70㍍の高さから眺めるセビリアの景色はとてもすばらしいものだった。スペインには美しい観光名所がたくさん。日本とは違う魅力がある。
高橋 惇之将(大崎市立鹿島台中学校3年生)

 朝4時にコバルトーレパーク(石巻市)を出発。9日間のスペイン遠征が始まった。約14時間のロングフライトを終えてスペインのマドリード空港に到着後、バスでホテルへ。
三條 正汰(石巻中学校2年生)

ラ・リーガ試合観戦:ヘタフェvsレガネス
 前半からどちらも積極的にチャンス作り。レガネスが前半にPKを獲得したがヘタフェのキーパーがその場をしのいだ。後半4分にレガネスが先制、37分に追加点を入れた。日本では観られないような白熱した試合。
首藤 星哉(河北中学校2年生)

レアル・マドリードのスタジアムツアー
 レアル・マドリードのホームスタジアムであるサンチァゴベルナベウのツアーに参加。レアル・マドリードの歴史や選手の資料を見学。監督や選手が座るベンチに座るなど、スタジアムの裏側まで見ることができた。
遠藤 悠人(気仙沼市立松岩中学校2年生)

セビリアへ
 ホテルからバスでプエルタ・デ・アトーチャ駅まで移動。新幹線で2時間半かけてセビリアへ。車内は広くて快適。
髙橋 春樹(石巻中学校2年生)

レアル・ベティス交流
 スペイン1部リーグに所属するレアル・ベティスとの交流。女子チームゴールキーパーでなでしこジャパンの山根恵里奈さんと会った。レアル・マドリードのスタジアムではできなかったピッチの芝に触ることもでき、スタッフによるクリニックで直接指導を受けた。いつかレアル・ベティスに入り、今日見たスタジアムでプレーし活躍できるようにこれからも頑張りたい。明日はハポンさんの学校訪問。
阿部 碧(矢本第二中学校3年生)

ハセクラ・カップ
 第1回ハセクラ・カップ。ベティスとコリアF.Cと試合をした。コリアF.C戦では、ディフェンスの身長が高く、ロングボールがあまりつながらず。攻撃では、連動してうまくボールをつないでいけたが、ゴールを決めきることができなかった。守備では、センターバックで前後の関係とチャレンジ&カバーを意識した。結果は0―0の引き分け。ベティス戦は、パスを後ろからつないでいき、テンポをずらした後にシュートまで行かれてしまった。PKで1点を返したものの、追加点を入れられて1―4で敗れた。試合の後に選手と体を使って表現して会話ができた。ぼくの話を真剣に理解しようとしてくれていることがうれしかった。伝えたいことが伝わると達成感がわく。日本に帰ったら、スペインでの試合で感じたことを練習に生かしたい。
門馬 光(住吉中学校3年生)

スペイン出発

マドリードを出発して約13時間。

日付が変わって6日、全員無事帰国。

支倉常長海外日記
常長が海外でどのような7年間をすごしていたか詳しいことはわかっていないが、当時、外交使節団は珍しかったため、現地の人々が記録を残している。
〜現地で記録されていたこと〜

1常長は伊達男!?
ローマ入市式での服が豪華であった

2鼻紙が珍しい!
常長がかんだ鼻紙(懐紙)を現地人が珍しがり拾っていた

3元祖マイ箸?!
食べ物に直接手を触れず、「マイ箸」を持ち歩いて食事していた

4珍しい顔だちとヘアスタイル?
使節団について、「鼻は低く、鼻腔が大きい。目は小さく、くぼんでいる。額は広く、あごひげがない。髪は白い布で結わえていた」と記されている。

ハポンさんって?
 ハポンはスペイン語で「日本」のこと。コリア・デル・リオ市には、「ハポン」という名字をもつ人が約700人。使節団の末裔とされ、「侍の子孫」であることを誇りに思っているそうだ。

【取材・文】
山内 友結(女川中学校1年生)

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