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震災を乗り越え、カタールとの絆結ぶ

女川の中心に新校舎
女川町立女川小学校・女川中学校

 

8月23日、女川小中学校の落成式が行われた。学校は女川町の中心の高台に建設され、毎朝、子どもたちが通学している。女川中学校の校長伊藤拓巳さんに話を聞いた。

学校の建設には、震災直後から女川を支援しているカタールフレンド基金からの援助もあった。カタールはアラビア半島にある国でペルシャ湾に面している人口約280万人の小さな国だ。カタールフレンド基金は、東日本大震災の復興支援のために2012年に設立され、「子どもたちの教育」「健康」「水産業」「起業家」の4分野で数々のプロジェクトに支援を行っている。
女川町とカタールの交流のきっかけとなったのは、2012年、女川町に完成した「MASKAR」という名前の水産加工施設だ。MASKARはカタールの言葉で伝統的な漁業の方法を意味している。これがカタールフレンド基金の最初のプロジェクトであり、今回の学校建設への支援にも繋がった。
落成式には、カタールのアル・エマーディ駐日大使も出席した。「全体の建設費の5分の1がカタールフレンド基金からの援助です。東日本大震災で多くの学校の再開が厳しい状況を受け、大変ありがたいご支援でした。おかげで、女川の復興の象徴として、女川の「へそ」となる場所に小学校と中学校が建設されたのです。子どもは地域の宝、震災に負けないたくましい子どもを地域全体で育てたいという地域の思いが込められました」と校長の伊藤さんは話す。
移転後は子どもたちの表情がより穏やかになり、笑顔が増えたと感じている。兄弟姉妹はもちろんのこと、そうでない小中学生が一緒に登校したり、遊んだりしている姿が見られ、幅広い年齢層の交流が増えたとも感じる。
児童、生徒たちには新しい校舎にお気に入りの場所を見つけているそうだ。伊藤さんは4階のテラスが好き。そこからは校庭全体が見えて、子どもたちが部活動をしている様子が見えるからだ。

震災を教訓に

東日本大震災の経験から、学校は職員や生徒の命を第一に守るべきであると改めて学んだ。震災の記憶を風化させずに思いをつないでいくことが大切である。そのために、継続的な防災教育の実施は欠かせないと考えている。基本となるのは、「自助・共助・公助」であると教えてくれた。
「自助」は防災対策の基本で、まずは自分の身は自分で守ることを前提にすること。そのために日ごろから災害が起きたときの避難場所を考えておくことや、防災グッズを備えておくことなど、防災に対する意識を高めておくことが必要だ。
「共助」は地域の中で力をあわせて困っている人を助け合うことだ。お年寄りや小さい子ども、病気や障がいを持っている人は自分だけの力で身を守ることが難しい。普段から住民同士でコミュニケーションをとって、いざという時に助け合える関係性を作っておくことが欠かせない。
「公助」は国や市町村が担う助けで、普段からの防災対策はもちろん、住民に対して防災意識を高めるように呼びかけるなど、災害に対する準備を進め、実際に災害が起きたときには状況を正しく把握し、迅速に対応することが求められている。
「小さいころは自分だけでは何もできなかったと思うけれど、だんだんに自分のことは自分でやる姿勢や知識が身についてきます。そして、中学生になったら、次は、自助だけでなく共助を身につけてほしいです。震災当時、女川では、中学生が活躍して地域の人たちの助けになったという話がたくさんあります」。人のために助け合える態度を学んでほしい、と話す。
卒業しても女川中学校で学び育ったことを誇りに思えるような学校にしたい、町の人たちにも自分たちの町の学校だと自信を持っていただける学校にしていきたい、と伊藤さんは考えている。

 

▲小学校と中学校が同じ敷地内にある。向かって中央右が小学校、左側が中学校。
▲校長の伊藤拓巳さん。お気に入りの場所
▲昇降口は2階。小中学生は同じ階段を登っていく

▲小学校と中学校の間にある図書館。窓の外は町役場

 

▲屋上にあるプール。まるで空に浮かんでいるようだ
▲秋にはこんな風景が広がる

▲2012年に完成したマスカー

▲復興の象徴として、女川町のへそ(中心)に
学校が建設された


▲日本から約8000キロ。カタールも漁業の国

【取材・文・写真】
山内 友結(女川中学校2年生)

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