2012年3月11日創刊 石巻日日こども新聞 一般社団法人キッズ・メディア・ステーション

 

 熊本県防災消防航空隊の元副隊長、西村澄生さんは東日本大震災での救助活動後、さまざまな場所で東日本大震災の体験、震災への心構えなどについて講演を行ってきた。10月2日、西村さんの三女が通う荒尾第三中学校で講演会が行われることになり、PTAのみなさんが私を招待してくれた。

 

 熊本に到着し、最初に訪れたのは熊本県防災消防航空センター(熊本県益城町)。そこでは、石巻に救助に来てくれた隊員のみなさん、私たちを救助してくれたあの「ひばり」と再会した。航空センターの壁かべには、私たちが送おた寄書きが掛けてあった。5年以上経った今でも大切にしてくれているのを

 

見たときにはとても感動した。

 次に熊本地震で甚大な被害を受けた益城町内を視察。地震から6カ月が経っても、倒壊したままの家がたくさんあり、地震発生後の状況がそのまま残されていて、被害の大きさを物語っていた。その後、私たちを救助してくれた堀信昭さんが住む御船町を訪れ、同町の藤木正幸町長にお会いした。御船町もまた大きな被害を受けたところである。実は、堀さんの自宅はこの地震で全壊した。藤木町長を訪ねたのには理由がある。私たちが集めた義援金と他の団体から預かった義援金を届けるためだ。「今回の地震は2つのWが起こった震災でした」と藤木町

 

 

長は話してくれた。2つのWの1つめは、前震と本震の2つの大きな揺れが襲ったこと。前震により、多くの人々が外に出て避難所へ行ったり、車中泊をしたりしたそうだ。なかなか余震がおさまらず、避難生活を続けていたとき、本震が起こり多くの建物が倒壊した。だが、前震でたくさんの人が避難していたため、本震による死者は少なかったそうだ。その後も大きな余震が次から次へと襲い、家に帰ることができず、長い間避難生活を強いられた人が多かった。また、地震で地面に亀裂が入ったり、段差ができたり、交通網が寸断されただけでなく、水道も破損し水も使えなかった

 

 東日本大震災のとき、私は自宅で被災し、熊本県防災消防航空隊のヘリコプター「ひばり」に救出された。その後、ひばりに乗っていた西村澄生さん(震災当時の副隊長)と文通している。今年3月11日、西村澄生さんと隊員だった堀信昭さん、西村義盛さんと石巻で再会を果たすことができた。その後間もない4月16日、熊本県で最大震度7を観測する地震が起こった。そして10月、私は震災後の熊本を訪れることができた。

  【取材・文】

  村松 鈴音

(門脇中学校3年生)

 

という。もう1つのWは、地震による被害と大雨による被害が起きたこと。震災後、1時間に120㍉の雨が降った。地震でできた亀裂に水が入り、がけ崩くずれが道路や山で起こった。地震だけでなく大雨が降ったことで被害が倍増したのが今回の

特徴だそうだ。「隣となりの家や近所の人とのつながりを増やし、昔のように、しょうゆを貸し借かりするようなつながりを大切にし、復興へ進みたいと思います」という藤木町長の言葉が心に残った。

 今回の取材で熊本のみなさん一人一人が震災を乗り越えて力強く歩んでいることを感じた。熊本が復興するには、まだまだ

 

 

時間がかかることがわかったが、一日も早く日常が戻ることを願い、忘れずにいたい。

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