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南浜地区の今と未来~前編~

街が消えてもとの生態系に

南浜地区の未来のために私たちができること
 石巻市の南浜地区は、以前は住宅地だったが、震災で壊滅し、復興祈念公園(仮称)が整備されることになった。
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 南浜地区は昔、どんな所だったのだろうか。縄文時代にまでさかのぼれば、当時、石巻は海の中にあった。海面の後退による波の作用でできる土地の高い低いによって土砂がたまり、石巻は生まれた。波の作用とは、流れが速い所は平に、遅い所は山や谷になる、海岸などで見られるものだ。その後、人間はその土地形状の性質を利用して、高い所に住宅、低い所には水田をつくった。そして、土地が低い所には水がたまり、海水が混じっている汽水域の湿地帯ができた。この湿地帯は、日和山からの地下水と伏流水からできていて、地下水位がとても高く、水生の生き物がたくさんいた。その後、集落や競馬場、住宅街や文化センター、市立病院などがつくられた。子どもたちは、同級生の家で遊んだり、バッティングセンターに行ったりして過ごしていたそうだ。
 そして、あの震災がおきた。南浜地区には、津波が襲い何もかも流され、火災がおき、たくさんの人が亡くなった。とても人が住んでいたとは思えないほど、何もなくなってしまった。見たことのない風景がひろがって、みんなびっくりを超えるほどの衝撃を受けたそうだ。
 だが、そんな中でも生き物たちは南浜地区に戻ってきたのだ。今ではイトトンボやコイ、ヒバリ、カルガモ、カニ、エビなどたくさんの生き物がいる。イトトンボなどは、自然が豊かな所にしか住まない生き物であり、カニなどは海の環境に生息する生き物である。さらには、絶滅危惧種のメダカまで生息していた。水がきれいな所にしか生息しないはずの生き物がいた、つまり、日和山から流れる南浜地区へのきれいな水の動きは、震災の被害を受けても変わっていなかったということが分かった。
そして、地面を耕す働きをするミミズも生息することから、栄養がたくさんあることも分かった。そして、こんなに自然環境のよいところがあり、歴史ある南浜地区を、人々の追悼祈念の場として未来へと継承していくために、市民を巻き込んだあるプロジェクトが始まった。
 それが、「石巻市南浜地区の未来をみんなで考えるワークショップ」だ。これは、市民有志と専門家で結成されたグループによって開催されていて、復興祈念公園の計画にいろいろな人の考えを活かすための機会だ。そして、この活動を通じて子どもたちに、震災で被害を受けたけれど、自分たちの力で何とかしたいと思ってほしいと願うものだ。
 環境デザイナーで、このワークショップを主宰する阿部聡史さんは、「人間は嘘をつくこともあるけれど、自然は嘘をつかない。目に見えにくい自然のルールを感じ取り、読み取って、その環境の中で人間がどうやって生きて行けばよいのかを考えることが大切。歴史や生き物、草花は私たちに常に未来へのメッセージを投げかけている」と話していた。

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