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女性として、自衛官として

写真(左から)吉田さん、今野さん、古賀さん、坂本さん、庄司さん

 東日本大震災で甚大な被害を受けた航空自衛隊松島基地。当日、基地にいた自衛官は約900人。4月の終わりには2000人まで増員して支援活動を続けた。
 庄司さんは当時をこう振り返る。「震災発生後、男性の自衛官たちはピリピリしていた。不謹慎かもしれないと思ったが、冗談を言って周囲を笑わせたり、雰囲気を和ませたりという気配りをしていたのは、女性が多かったと思う。」女性だからこそできることがあったと話す。松島基地内で入浴支援活動をした庄司さんは、お風呂から出てきた年配の女性に、泣きながらお礼を言われたことが忘れられない。坂本さんが所属する給食小隊は女性の比率が高く、主に炊き出しなどの支援をした。今田さんは小学校と保育所にお子さんがいて「迎えには行けない」と連絡ができたものの、「津波を見て、子どもが心配で心配で仕方がなかった。」任務を優先しなければならず、迎えに行けない、大変な葛藤があったそうだ。
 震災当時、市ヶ谷の防衛省に勤務していた吉田さんは、震災後、松島基地に着任した。震災前から決まっていたが、5か月延期になっていた。みんなにどんな顔をして会えばいいのだろう、笑っていたら失礼なのではないかと心配したが、「来てみるとみんな笑顔で迎えてくれたのでほっとした」と言う。
 古賀さんが、「震災後、ブルー(インパルス)※1の音が聞こえなくなって悲しかった」と言っていた。ブルーインパルスは3月下旬に松島基地に戻ってくる予定。音が戻って来る頃には、みなさんの笑顔はさらに輝くことだろう。今後も活躍が期待される。

※1松島基地所属のアクロバット展示飛行チーム

お話を聞いた自衛官のみなさん
今田 亜衣さん(第四航空団司令部広報班)
古賀 円美さん(整備補給群検査隊)
坂本 淳子さん(業務隊給食小隊)
庄司 佳奈さん(通信隊無線整備班)
吉田ゆかりさん(航空保安管制群 松島管制隊長)
(敬称略、五十音順)

取材・文・写真:千葉 拓人(東松島高校2年生)

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