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震災を乗り越えたタイムカプセル

2014年の私たち

 2014年3月30日、日曜日、石巻みづほ第二幼稚園に2007年度卒園生約60人が集まった。6年前の卒園式のときに埋めた「タイムカプセル」を開けるためだ。
 私たちがみづほ第二幼稚園を卒園してから6年。とうとうタイムカプセルをあける日がきた。3クラスほとんど全員の卒園生が集まり、幼稚園のころのようにあいさつをし、先生が出欠をとると、みんな大きな声で「はい!」と返事をした。先生がたのお話を聞き、園児の時に飲んだなつかしいジュースで乾杯したあと、タイムカプセルを開けた。
 震災後、「タイムカプセルはどうなったの?!」とみんな心配していたが、先生たちがいち早く掘り出してくれていた。場所の目印にした桜の木も津波で流されてしまっていたので、探すのがとても大変だったそうだ。タイムカプセルは無事だった。もしも流されていたら、一生気になっていたことだろう。
 私のタイムカプセルには、そのころ人気のあった「ストロービーズのネックレス」と、未来の自分への手紙、その当時のプロフィール、家族からのメッセージが入っていた。女の子は「プリキュアのカードが入っていた」という人が多かった。他にも、当時人気のあったカードゲームのカードやシール、自分で描いた絵など思い出の宝物が入っていた。「やっぱり、これか!!大好きだったもんな」と、当時のことをなつかしく思い出す一方、「今見ると恥ずかしい」などと声を上げる人も大勢いた。
 幼稚園での一番の思い出は?と聞いてみると、だんとつに多かったのはお泊まり会。班に分かれて「鬼太郎からの挑戦状」というゲームに挑んだり、きもだめしをしたり、まくら投げをしたりと楽しい2日間を過ごした。卒園生の後藤めぐみさんは「年長の時のお遊戯会で、ピノキオの劇で踊り子役をしたことが楽しかったです」と話してくれた。
 タイムカプセルを埋めたのは園児だけではない。先生たちもだ。うめぐみの千葉麻里先生、すみれぐみの菅原幸子先生、りんどうぐみの藤原美智留先生。先生たちのカプセルにはクラス全員で歌っている様子が録音されているカセットテープや写真などが入っていた。先生方は「みんな、大人になってびっくりしました。なつかしくて、感激しました」、「みんなが来てくれてうれしかったです」と話してくれた。
 当日まで、毎日、名簿やアルバムで私たちの顔を確認し、とてもドキドキしていたそうだ。私たちの将来に向けて「強く、たくましく、まっすぐな人になってほしい」と話してくれた。
 みづほ第二幼稚園は沿岸部にあり、東日本大震災で大きな被害を受けた。あの日、幼稚園には数人の園児と先生が残っていた。津波は園舎の2階の屋根まで届き、園児と先生たちは、寒い中、屋根の上で一夜を過ごした。その時、お遊戯会で着た衣装、鼓笛隊やフェスティバルで着る背中に「みづほ第二幼稚園」と書いてある青いTシャツを園児に着せたそうだ。そして、震災の後、そのTシャツを着て、鼓笛隊が演奏をしたり、フェスティバルをしたりした。震災を乗り越えたTシャツを着ているのを見た人たちは、みんな感激して涙ぐんでいたそうだ。
 みづほ第二幼稚園の思い出の園舎は取り壊され、お別れ会をした。今は、内陸部の蛇田にあるみづほ幼稚園の園庭に仮設園舎を設置して保育を続けている。震災前までは、6クラス160人ぐらいの園児がいたが、今は、2クラスで72人ほどしかいない。年少・年中混合クラスと年長クラスの2つだ。それでも先生たちは毎日保育を続けている。

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