2023/11/29
執筆 まひろ〈高1〉
まひろ(編集部員1期・2期・初代編集長)
2023年10月~2024年3月の半年間、全6回でコラムを掲載します。
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(初期の頃、まひろちゃんが撮影した数少ない写真の中の1枚)
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〈vol.1〉
このコラムを見てくれている人は、こども編集部が一体なんの団体なのか、少なからず、そのことに関心を持ってくれているのではないでしょうか。
現在通信制高校生として人らしい生活を送っている私が、中学生時代どのように狂って、どのように編集部と出会い、どのように更生していったのか、順を追って説明していきたいと思います。
私の不登校生活が幕を開けたのは、中学生1年生の秋から冬にかけてでした。
といってもいきなり不登校になったのではなく所属していた女子バスケットボール部を辞めたのがきっかけです(心身の不調と我慢の限界を感じ、さらには部活動をする意義への違和感までも覚え始めたため)。
そこからタガが外れたように全てに疑念を抱き始め、自主的に学校に行かないことを選択しました。
そこからの生活は世間の抱く健全な中学生の生活のイメージとはかけ離れたもので、勉強に手はつかずもちろん外出する気にもなれずで一日の全てを自室で過ごしました。
せめて好きなことをすればよかったものの読書するにしろお菓子作りにしろ集中力が切れてしまいます。
「この生活はいつまで続くのだろう」「みんなは学校に行って勉強している中私は何をしているのだろう」「早く普通の生活に戻らないと」など未来に対する不安が頭を埋め尽くしてしまうためです。
そうして何もできず、比喩ではなくただ起きて寝るを繰り返す生活になり、ついには何も考えたくないあまりに一日のほとんどを寝て過ごすという生活になっていきました。
私がこども編集部に出会ったのは母親からの勧めがきっかけでした。
元々文章を書くことが好きでメディアにも興味があったことを母が知ってくれていたためです。
こども編集部に少なからず興味はあったものの、入部したころは自分の中でこんなに大きな存在になるとは思っていませんでした。
習い事ではない、フリースクールでもない、どんな枠にも収まりきらないこども編集部が、不登校だった私を受け入れ、居場所と希望を与えてくれたのです。
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〈vol.2〉
不登校になった当時、毎日が自身との葛藤であり常に自責の念を抱いていました。
またそれを相談する人もおらず塞ぎ込んでいました。そんな私に新しい居場所ができ、定期的に足を運ぶようになったことは大きな進歩でした。
その間編集部で、たくさんのことが身についたと思います。
まず一つ、人との関わりかたを教わりました。
学校の先生しか大人を知らなかった以前に比べ、先生ではない色々な技術を持った大人たちとの関わりが増えました。
その大人たちは、私たち子どもに真摯に対応し、まるで平等であるかのように接してくれました。
もちろん叱られることもなかったです。
それから、顔も名前も初めて知る、何も知らない状態から仲良くなれる友達がいることもよかったと思います。
中学生になって初めて、仮面をかぶっていない本当の自分として人と接することができる環境を作ってくれました。
それから、気持ちを溜め込まないことを教えてくれたのも編集部でした。
日々インターネットを見て薄っぺらい情報を取り込むだけの毎日が、編集部に通ってからそれまでの鬱憤を晴らすかのようにたくさんの人と話しました。
信頼できる大人に自分のことを話せるようになったのは大きな成長だったと思います。
最初は大学生の方にお話を伺ったり、コスプレイヤー高校生に取材したり、HP作成のミーティングに参加したり、みんなでロゴを作ったりと、最初は大人サポーターについていく形で参加していました。
それだけで十分楽しかったからです。
ただそこへ行って、話を聞き、人と触れ合い、取材レポートを書くこと、とシンプルなルーティーンでしたが次第にそれは私の生活と考え方を変えて行ってくれたのです。
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〈vol.3〉
ここまでのコラムを読まれた方は、
こども編集部の概要についてはあらかた理解してくださったのではないでしょうか。
ここで、なぜこども編集部が私にとって特別だったかを、こども編集部の特別な環境と、活動の魅力の二つに分けてお話ししたいと思います。
まずはこども編集部の環境について。
平日昼間の活動があることが大きな魅力だと思います。
水曜日の朝から夕方にかけての活動であるため、
必然的に不登校の子どもが集まります。
仲良くはなりますが、お互い深く干渉しないのが私にとって心地よかったです。
そして、サポートしてくれる大人との距離が近いこと、サポーターが多いことも良い特徴だと思います。
一人一人に時間をかけて丁寧に対応してくれるからです。
当時人と話すことが少なかった私にとって、大人に構ってもらえて共感してもらえるのがとても嬉しかったです。
編集部の大人サポーターは、様々な経験と柔軟な思考を持った人が多く、自分の考えに提案も共感もしてくれるので、自己肯定感がぐんぐん上がっていきました。
日曜日に行われるプロジェクト活動で積極的に発言・活動できるようになったのも、大人サポートの手厚い対応のおかげだったと思います。
次に、活動内容についてです。
ここでは主に日曜のプロジェクト活動についてお話します。
座学だけでなく、実践の機会があることが魅力です。取材をし活動レポートを書くことももちろん楽しく実になることですが、サイトのロゴ作成をしたりバスマップを作ったりラベルのデザインをしたりと、制作を行うことがとても楽しかったです。
この二つの特徴が、私にとってこども編集部が特別だった理由です。
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〈vol.4〉
今回は、こども編集部の一つの側面である「雨のち光」についてお話しようと思います。
雨のち光とは、こども編集部のサポーターが毎週水曜日に運営するフリーアトリエ・自習室です。
開設当時は朝9時〜18時まで、現在は13時〜18時の時間帯で解放されています。
勉強することはもちろん、本を読んだり絵を描いたり、平日昼間に集まって好きなことができる空間です。
学校に通わなかった私にとって、中学生時代の多くの記憶はここでの思い出です。
自習室という名でありながら、お堅い場所ではありません。ただみんなで集まって、寄贈されるお菓子をつまみながらお菓子を食べることから、自習室での一日が始まります。
日によって編集部の業務を任せられたり、こども食堂のお手伝いをしたり、駄菓子の発注をかけたり。
もちろん、各々が持ち込んでしたいことをすることもできます。することがあってもなくても、なんとなく学校に行きたくない日、家にいるのが退屈な日、気分が明るくなるような場所です。
午後はこどもたちと遊んだり、駄菓子を売り捌いているとあっという間に過ぎてゆきます。
お昼ごはんを食べて少し経ったら、小学生のこどもたちが下校してやってきます。その子たちの面倒をみる、といっても一緒に鬼ごっこやかくれんぼをしてこちらが遊んでもらってたのかもしれません。
年齢を忘れて人と触れ合う時間は、当時の私にとって重要なことだったと思います。
不登校時代の週に一回のお楽しみが、今の私を作ってくれたのだと思います。
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〈vol.5〉
さて、このコラムも私が担当するのはあと二回となりました。
今回はこども編集部での自分の成長について、自分なりに考えてみたいと思います。
私が編集部に関わりだしたころから2、3年が経ち。
編集部そのものも、私自身も、私と編集部の関わり方も変わってきました。
最初こそ編集部員として大人サポーターについていくような形で取材に行ったり、記事を書いたり、WSに参加したりと部員らしく活動していました。
それから時は経ち高校生になり、なぜか編集長に。
その年は私生活に余裕が無く編集部での活動にあまり携われませんでした。
編集長という役職まで授かったのに。
しかし今年は前年の反省を活かそうと考え、代表に提案された企画の主催にチャレンジすることにしました。
もともとの編集部活動のモチベーションは楽しいから、面白いからという単純な好奇心ベースのものでしたが、自分で企画をするのは大きな成長につながるし、これからの編集部の活動に影響を与えられるチャンスかもしれない、そう思って今は編集部で活動しています。
この思いを一年かけて、企画の成果物に昇華させられるように頑張りたいと思います。
発行号:3期生
こども記者:まひろ